チャリ旅日記

旅の記録をつけるよ

信仰とは何か

 


どうもリョウスケです

 


20日

2022年6月6日月曜日

天気 雨のち晴れ

長崎[小浜町→原城跡→島原市

 


島原の乱の舞台となった場所へ行く。

島原の乱とは、

幕府によるキリスト教弾圧に対して

農民たちが起こした一揆である。

 


数万人規模による一揆だったと言われており、

日本史史上最大の一揆とも。

 


この地は潜伏キリシタン関連の世界遺産にも

認定されており、

この一揆から本格的な幕府による

弾圧が始まるきっかけにもなったそうだ。

 

 

 

以前ブログで潜伏キリシタンの気持ちが

わからないと書いた。

命を投げ打ってまでしなきゃいけない

信仰なんてあるのかと疑問だった。

 


ところが今日、

その数分の一は理解することができたと思う。

 


島原の乱において

キリシタン側は矢文と呼ばれる

弓矢の先に手紙をくくりつけたものを

飛ばして、

敵側に自分達の意思を伝えようとしたらしい。

その手紙の現存するものが、

近くの記念館に展示され現代語訳されていた。

 


その内容によると、

そもそも農民たちの一揆は幕府のキリスト教弾圧だけが理由ではないという。

もちろんそれも一つだったが、

当時は悪政によって多額の課税を強いられ

農民たちは苦しい生活をしていた。

さらに不作によって年貢が払えない。

その上、

払えないものには厳しい罰が与えられていたのだという。

そんな困窮した彼らにとって

唯一の味方だったのがキリスト教だった。

 


キリスト教はどんなに立場の弱い者や

貧しい者にも、

平等に救いを与えてくれる。

キリスト教だけが彼らの味方だったのだ。

 


その苦しい生活の唯一の味方だったキリスト教でさえ、

幕府は禁止しようとした。

だからこそ農民たちは生活や心の安定を守るために

一揆を起こさざるを得なかったのである。

 


信仰を捨ててまで生きていけないほど

彼らは苦しんでいたのだった。

 

 

 

改めて宗教とは何だろうかと考えてみる。

 


満たされてこそいないけれど

特に不満もない生活。

たまに嫌なこともあるけれど

特に引きずるほどでもない。

マジだりぃとかすぐ言っちゃうけど

マジだりぃことなんてそんなにない。

 


たまたま今のわたしの生活には

信仰というものが必要なかっただけかもしれない。

 


そして、生きていくだけで

辛かった彼らには、

キリスト教が何よりも必要だった。

 


命を投げ打って信仰していたのではない。

信仰を捨てることの方が、

命を投げ打つよりも苦しいことなのだ。

 


島原の乱は、

そんな彼らの覚悟と生き様だったのかもしれない。

 

 

 

信仰がわからなくても生きていける時代に

生まれたことは、

実は何よりも幸せなことなのだと

この地で改めて気づかされたのだった。

 

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原城ーー島原の乱キリシタンが最後に立て篭もったお城。

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ほぼ何も残っていない。

キリシタンが再び城に籠らないように

徹底的に破壊された。

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天草四郎ーー有名な名前ほど戦で活躍したわけではない。おそらく農民たちが士気を高めるために彼を祀りあげたのだと思う。

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島原城ーー立派な天守閣が立つ。

中は博物館


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踏み絵

よく見るとあまり上手くない。


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喝!!って言うてます


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