どうもリョウスケです
旅29、30日目
2023年5月1日月曜日
天気 雨から晴れ
女人禁制だという。
この時代においても変わらず女人禁制だという。
いまだに大昔から女人禁制というしきたりが守られ続ける、特殊な山である。
その理由には女性や子供に危険な想いをさせないためだという意味合いも含まれているそうだが、
発端はどうかわからない。
現在では宗教上の理由だと明示されており、
つまり差別的な理由ではないということだ。
けど、どこか釈然としない。
どうして女性だけ登れないのだろうか。
その女人禁制という言葉に、
その特別な雰囲気に、
わたしはどこか興味を惹かれた。
その真意を知りたいと思った。
男性だからとか、女性だからとか、
そんな価値観は時代と共に変わるものである。
なのにいまだにそのルールが厳粛に守られているというのが、
現代を生きる我々にとって、
どこか猛烈に違和感を覚える事実だ。
宗教上の理由だとしていることが、
受け入れられている理由なのだろうか。
わからない、知りたい、ーーなら、登るしかない。
登ったくらいでわかるものでもないだろうが、
その端くれくらいは何か掴めるかもしれない。
そう思って登ってみたけれど、、、
何も、わからなかった。。。
山は多少険しい箇所もあるけれど
めちゃくちゃ危険というほどでもない。
他のどの山をも登った時と同様に、
足を酷使する急な坂道があったと思ったら、
やがてなだらかな道があり、
段差を何段も駆け上がる道を進むと、
ゴツゴツした岩場を鎖を掴んで登ったりもする。
そんなこんなで
3時間も登れば山頂に辿り着く道のりは、
確かに苦しく険しい道のりだった。
だけど他と比べて特にそうかと聞かれたら、
まあよくある山のそれである。
全国の百名山はだいたいこれぐらいの山だ。
霊峰であり、修験道に用いられる山であり、
「宗教的な理由だから」と言われてしまえば
宗教に詳しくないわたしに反論の余地はない。
けれど山の景色は美しいし
山頂に築かれたお寺は神聖な雰囲気を醸しており、
訪れる価値が非常に高いと感じる。
修行以外で一般登山者にも開かれた山だったら、
修行以外であれば、
女性にも開かれた山であってもいいのではないか。
生まれた瞬間からひとつ可能性を失ってしまうというのは、
やっぱりなんであれ、
ひとつもないに越したことはないように思う。
もっとも古いしきたりや伝統は守り継ぐことでそこに大きな価値が生まれる。千年以上も守り継ぐことは並大抵のことではないだろう。
だからこその特別な山だというのも理解はできる。
女人禁制だから興味を惹かれたわたしは、
その「特別」に惹かれたことも事実だ。
でもそれは、
本当に今後も守るべき「特別」なことだろうか。
これは果たして本当に伝統を受け継ぐことで価値を高めるための重要なしきたりか。
それとも、脈々と受け継がれてきた伝統を変えてしまうことで生じるリスクを、
回避したいがためのただのブラック校則と同様か。
宗教上の理由というのが、
ただの都合のいい言い訳じゃないと確信できたら
もう少し晴れやかに登れそうだった。
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熊がいるらしい
登山届にしっかり記入。これっていつ回収してるんだろう。
女人結界門。この門から向こうへは女性が立ち入ることはできない。
女人禁制についていろいろ書かれているけど、具体的な理由については明記されていない。千年以上も昔からある伝統で、それを守る必要性について細かく書かれている。
ところどころに通路上に小屋がある
中は休憩スペース
命の水
中に祀られていた仏様が何者かに盗られたらしい。そんなもん盗ってどうするのだろう。仏様はここにあるから意味がある。罰当たりは地獄に堕ちるべし
時期が来たら賑やかそう
運命の別れ道
鎖の岩登り
お寺が見える
修行ではこの崖から宙吊りにされて、何やら大声で叫ばされるらしい。むちゃくちゃ恐ろしい。
山の山頂にあるお寺
本堂
山頂、標高1719.2m
いっぷく
宿坊。ここで泊まることもできる
下山。
最近ようやくスマホでの撮影方法がわかってきた。購入四年目にして今更ながら。
念願のお風呂へ。このために頑張ったと言っても過言ではない