チャリ旅日記

旅のことや日常のことを気ままに綴るよ

読書の秋ということではない

 


どうもリョウスケです

 

 

 

秋の様相である。

いつの間にか秋の様相である。

 


ぼーっとしている間に

静かに忍び寄る「秋」に後ろから

わっ!と声をかけられた気分だ。

 


変化の乏しい日常は、

思いのほか早く過ぎるものだと

この2年ほどは

毎日のように実感している。

 


年間100冊読破という目標も、

あと20冊を切った。

このペースなら超えることができるだろう。

 


本を読め

もっと本を読め

 


昨年は読破した100冊のうち、

90冊近くは小説だった。

それでは得られるものも少ないと感じ

今年は図書館に入り浸り

三週間に一回(三週間だけ借りれる)

3、4冊ほどの

あらゆるジャンルの本を借りてくる。

 


ジャンルの内容は様々で、

その時私の興味を強く惹く内容のものだ。

歴史もの然り、

心理学系統、

人権に基づくもの、

児童福祉関連、

ジョンダーに関するもの、

誰かの旅行記

美術や文学ものなど

私の頭に強烈な印象を与えた本もあれば、

内容が難しくて

全然理解できなかった本もある。

それでも多少は

この一年で見聞が広がった気がしている。

 


思えば無知を気にせず生きてきた。

人間は無知でも生きていける

最低限食って

寝るだけの生活を続けていれば、

生きることができるのだ。

でも、本当にそれは生きていると言えるのか

物事を知り、考え、

何かに向き合ってこそ、

生きていると言えるのではないか。

 


この世界には理不尽な理由で

多くの人々が苦しみながら生きている。

無知の恐ろしいのは、

その人々を苦しめているのは自分かもしれないということ。

知らない間に誰かを傷つけているかもしれないということ。

日本人として、人間として、

知っておかなければいけないことがある。

そのためには、

ある程度の教養が必要なのだ

 


ーーと、30年の人生の果てに、

ようやく気付いてしまった。

 


誰かの作ったルールや常識に

なんの疑問も抱かず生きていたら

家畜の豚と一緒だ。

一つ一つに『?』を抱いて生きるのだ。

 


秋の様相である。

いつの間にか秋の様相である。

 


ぼーっと生きていたら

家畜の豚と同様に

人生なんてあっという間に終わるだろう。

 


だから私は、

本を読み重ねるのである。