どうもリョウスケです
旅162日目
2022年11月27日日曜日
天気 晴れ
銭形砂絵は、
高台から見下ろすと本当に銭の形だった。
銭形に砂だけで
巨大な砂絵が作られており、
それはもうとんでもない景色である。
歴史も古く、
将軍家光の時代に領内巡視で訪れた藩主への歓迎の催しとして、
村人たちが一昼夜で作ったのがことの始まり。
とはいえ銭形である。
どう考えても藩主を喜ばせたい
という想いの奥に、
何かしら隠れた意味が含まれていると睨んでいる。
本当に喜ばせたいだけだったら
お金の形にする必要なんてなかったはずだ。
猫でもウサギでもよかったはず
それをあえて銭形にしたのだから、
村人たちのしたたかさが
その砂絵からは滲んで見える(あくまで妄想)。
当時の藩主はこの砂絵を見て
どう思ったのだろう。
村人たちの隠れたメッセージに
鈍感なふりをして
気付かず大いに喜んだのだろうか。
うーん、、、妙に気になって仕方がない
そんな銭形砂絵だった。
父母ヶ浜はインスタ映えで有名な海岸である。
夕方ごろにこの浜に訪れると
干潮によって潮が引いた海岸にところどころに水たまりが出来上がる。
そこに赤い夕日が差し込むことで、
人はシルエットに
水たまりは景色を映す鏡となって
素人でもとんでもなく映え映えな写真が撮影可能なスポットとして
父母ヶ浜は有名なのだとか、、、。
そんなわけだから、
午前中に訪れたって意味がないのだ。
知ってはいたけど、
多少は期待したっていいじゃないか。
もしかしたら
夕方ほどではなくても
ある程度は
綺麗で映える景色が撮れるかも!
・・・なんてことは全然なくて。
干潮で引くはずの潮は、
時間的に満潮となって逆に潮が満ちていく。
あったはずの水たまりはどんどん海に侵食されて
そこはもうほぼ海である。
海と浜のただのよくある海岸である。
景色は美しい! と言っても、
どこか見たことのある海と浜の景色。
映え映えには程遠く、
それでも必死で映えを撮ろうと模索する若者たちを温かい目で見送ると、
早々とただの海岸を後にするのだった。
天空の鳥居に行く。
天空の鳥居はその名からも想像できるように、
山の山頂にある鳥居である。
また山かとため息こぼし
二日続けての山登り。
急坂登って一休み。
よし、と気合を入れてまた登る。
気温的には涼しいはずなのに、
山を登ると汗がダラダラ、、、
それでも気温的には涼しいからか
汗が冷えると肌寒い。
難しい季節にほとほと困惑。
上着も着たり脱いだり大忙し。
やがて来たるは天空の階段。
見晴らし最高な山の頂に
突如として長くて急な階段が出現。
恐る恐る登りながら上をちらりと見上げると
大きな鳥居が立っていた。
あともう少しと踏ん張りふんぞり登っていく。
ついに来たるは天空の鳥居。
最高すぎる見晴らしに心も体も軽くなる。
逆光なのが少し残念だったけど
美しすぎるその景色に
これこそまさに「映え」だなとほくそ笑むと、
写真をアホほど撮って
下界へと満足しながら帰還するのだった。
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銭形砂絵。夜になるとライトアップされ、より鮮明に形が浮き出るようになる。朝だとこんな感じ
かなり大きい。
ヤドン自販機
父母ヶ浜。昼頃行くと大きな水たまりがいくつかある感じだった。本当はもっとたくさんあるみたい。
水際に立っているとどんどん水が足下まで浸食していく。
本来はこんな感じ。夕方に来れば良かったと思いつつ、被写体となってくれる人物がいないわたしが行ったところで、ただの盗撮だよなとも思わなくもない。
天空の鳥居麓の神社。ここに自転車を置いて、歩いて登っていく。
ここから急坂に
最後の階段
天空の鳥居
山頂の神社
見晴らしがすごすぎる。午前中に来てたら逆光ではなかったかもしれない。
山頂にあった自販機にはお守りやお土産などが売っていた。無人の神社だからこその自販機。