どうもリョウスケです
旅122日目
2022年10月12日水曜日
天気 曇り
若くして成功し、
若くして亡くなった俳人
高い志を持って上京して大学に進学するも
病がきっかけで中退。
残された時間で成功するため
新聞社に入社して
数々の作品を世に生み出してきた。
ーー三十四歳病没。
ほぼわたしと変わらない年齢で亡くなって、
これほど支持され名声を得て
その後の文学界にも影響を与えた人物は
そういないに違いない。
彼の原動力となっていたことは何だろう。
彼について書かれたどの施設に行ってもそんな彼の胸中までは書かれていなかった。
だから勝手にわたしが想像すると、
きっとそれは「死」だったのではないかと思う。
若いうちから「死」が近くにあった子規は、
「いま」を生きる想いが
人一倍強かったのではないかと想像する。
わたしはわたしの人生の残りの時間について少しでも考えたことがあっただろうか。
明日は必ずやってくると信じて疑わず、
1年後も10年後だってあたりまえのように生きていると思い込んでいる。
でもよく考えたら決してそうだとは限らない。
これまでにもたくさんの偉人たちの人生に触れてきたはずだ。
どの人も高い志といまを生きる情熱がはちきれんばかりに煌々と燃え上がっていると感じた。
何かを得るには
何かを成し遂げるには
いまをどれだけ強く生きるかだと思う。
漫画家の藤子不二雄A先生は「明日に延ばせることを今日するな」という。
わたしはその名言が大好きでいつも都合よくその言葉を受け入れているけれど、でもそれってつまり明日があること前提の話であって、
もしそうじゃないとしたら、、、
もし明日が来ないかもしれないとしたら、、、
いまととにかく真剣に向き合う必要があるのかもしれない。
正岡子規の俳句を読んでみる。
俳句に詳しくないわたしにはその意味も魅力もいまいちよくわからない。
ただ生涯で彼が作った作品数は万を超えるという
それだけで彼がどれだけ凄いのか凡人のわたしにでもわかった気がした。
とにかくいまを強く生きることである。
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松山到着!
ポンジュースの炭酸飲料がめちゃくちゃうまい。求めていたみかん味のあるやつ
子規堂は正岡子規が子どもの頃に住んでいた家を復元したもの。子規関連のものが展示されている。
座布団の切れ端だって。こんなものまで
坊ちゃん列車。小説坊っちゃんの作中に登場する、実際に松山の街中を走っていた電車。
夏目漱石と仲良かった子規は、一緒に電車に乗って道後温泉にも行ったことがあるという。
坂の上の雲ミュージアム。司馬遼太郎の小説をテーマにしたミュージアムで、作中に登場する人物の詳細などがいろいろと解説されている。主人公の秋山兄弟も松山出身
新聞に掲載されたときの
作中にも登場する正岡子規
子規は野球が好きで、まだ野球という和訳がなかった時代から野球に関する記事をたくさん書き、日本に野球を広めた一人とされている。
子規記念博物館。彼の生涯があらゆる資料からわかる博物館。道後温泉の近くにある。
うしろに中島みたいなやつがいる
子規が夏目漱石の家に52日間も転がり込んでいたときの家を再現したやつ。どうやらよほど二人は仲が良かったらしい。漱石がその後に小説家になるきっかけにもなったといわれている。