どうもリョウスケです
旅70日目
2022年8月10日水曜日
天気 晴れ
偉大な損失だと思った。
建物が一つ焼けたぐらいだったら
観光にはそこまで支障がないのではないか。
そう思っていたけど、
実際に訪れてみたらそんな甘くなどなかった。
思えば焼けたのはお城の中心部である。
階段をいくつも登って
坂を上がっていった先にある
政治や儀式の行われた一番大事と言っても
過言ではない首里城の心臓部。
平成になってから復元されたとはいえ、
その美しさは首里城と聞けば誰もが思い浮かべる
壮麗な姿である。
その首里城正殿が
完全に燃え尽きてしまったのだ。
想像を遥かに超える損失だった。
何十年か前に家族で訪れた首里城のかすかな記憶
その微かな記憶に残る姿でさえ、
やっぱり首里城の正殿と、その前方に開けた
御庭と呼ばれる広場、そしてその両脇にある
北殿や南殿、、、それら全てが、
現在跡形もなく消失し
いまでは大きな工事テントの中に潜んでいる。
何も見えないだけでなく、
風情も情緒も何も感じられない風景。
2026年の復元に向け
日々多くの人の力によって復元工事が
進められてはいたが
それでも今だけとはいえ、
やっぱりなんだか複雑だった。
原因不明の出火だったように記憶しているが
自然災害ではなく
明らかに人為的な事故である。
防げたかもしれないと考えると
言いたくはないが、
この復元にかかる労力やお金が途端に
虚しく感じてしまう。
とはいえ所詮他人事だった。
別に工事に参加しているわけではないし
復元のためのお金を出資しているわけでもない。
募金箱にも目もくれず、
入場料は支払っているからそれでいいよね。
と気楽に考えるわたし。
百名城好きとしては
早く復元した姿を見たいと熱望するが
もう半分は、
誰の何のせいでこうなったのか、、、
ふざけんじゃないよ!
と何に対してかわからない怒りを感じていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
有名な守礼門。ここから入りたかったのに、入り口がわからず変な場所から城内に入ったことを未だに後悔している。
日時計。
この門を入ると、本来なら御庭があって正面に正殿が立っていたはずである。現在では工事の足場の上を歩いてテントの横を通り抜けて行くことになる。
地図の通りなら正殿が本来立っていた場所。跡形もない。
大龍柱。この龍の形の柱だけが燃えずに残っていたらしい。
ボランティアで城に使う赤瓦を自分で作成する体験ができる。滅多にできることじゃないし、実際に利用されたら自慢できるし、何より良いことをした気分にも浸れるから、とてもいいアイデアだと思う。ちょっとやりたかったけど、うん、やらなかった。
博物館で沖縄の歴史について、島の成り立ちから戦後の日本復帰までを学びました。ずっと知りたかったからすごく勉強になった。